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1%の奇跡 はちみつものがたり

  • axisdo
  • 2024年10月9日
  • 読了時間: 6分

  一


ゆういちのじいちゃんは大工さん。

腕はいいけれど、からだが弱い。炎天下の夏や、真冬の仕事中、よくぶっ倒れた。

 

「使いものになんねえなあ」

 

親方はため息をついた。

 

迷惑ばかりかけてちゃなんねえとは思うものの、根性だけではどうにもならなかった。

ある朝、じいちゃんは、いつものように新聞を読んでいると、目に飛び込んできた記事を見て仰天した。

 

危篤状態だったローマ法王にローヤルゼリーを与えたら奇跡的に回復。感激したローマ法王は一九五八年国際養蜂会議に自ら出席してミツバチを讃える演説を行った。

 

これだ! これだ!これなら俺でもいちにんまえの男になれる!

じいちゃんはミツバチを飼い始めた。



 

    二

 

ゆういちのとうちゃんは、子どもの頃からじいちゃんのミツバチを見て育った。ミツバチが巣箱から元気に飛んでいくのを見ているだけでわくわくした。

 

「ミツバチはかわいいなあ」

 

大人になったとうちゃんは、じいちゃんと同じ大工になった。じいちゃんと違って体が丈夫なとうちゃんは、大工の腕を生かし、巣箱をたくさん作った。とうちゃんは、ゆういちが物心ついたころ、近所で有名な「ハチミツやさん」と呼ばれるようになっていた。



 

    三

 

そんなとうちゃんに連れられて、ゆういちは子どもの頃、巣箱が置いてある鬼怒川の河川敷に、毎週末行った。川遊びが楽しかった。

ゆういちは高校を卒業すると、大好きな車の仕事ができる大手自動車メーカーに就職した。新車のボディの設計がゆういちの仕事だった。新車発表の締め切りに追われながら、一日中パソコンに向かう日々が十年も続いた。   

気がつくと、昼と夜の時間の感覚がなくなっていた。ごはんを食べてもなんだか味がしない。やる気がぜんぜん起こらない。夜も眠れない。無気力な自分がそこにはいた。気づいたら大好きだったはずの車が、自分を追い詰める存在に変わっていた。自分が生きてるのか死んでるのか、わからなくなった。

かろうじて会社には行っていたけれど、休みの日はどこへも行きたくなくて部屋に閉じこもってばかりいた。

父と母は、何も言わずゆういちを見守った。

 

そんなある日の週末。

 

「一緒に来る?」

 

母親に声をかけられた。

そんなに気は乗らなかったけれど、言われるがまま車に乗った。

向かったのは懐かしい鬼怒川の河川敷。ゆういちは何をするでもなく、川辺にすわって、せわしなく働く父と母を、ただぼんやりと見て一日なんとなく過ごした。


次の週末。また母は、ゆういちに声をかけた。ゆういちはまた、川べりでぼ〜っと過ごした。

その次の週も、またその次の週も。

川辺でぼんやり、楽しそうに働く両親をぼんやり見て過ごした。

 

そうして数ヶ月たった。ゆういちは、なんとはなしに声をかけた。

 

「なんか手伝う?」

 

父が言った。

 

「じゃあ、巣箱を見ててくれるか」

一日中、ゆういちは、巣箱を見て過ごした。

翌週も、その翌週も。そのまた翌週も。

ミツバチは巣箱から元気よく飛び立ち、花の蜜をたっぷり吸って巣箱に戻ってくる。ただひたむきに一生懸命に働いていた。

 

「なまえのとおり『はたらきばち』だな」

ゆういちはそう思った。

こうして毎週末、ゆういちは父と母とミツバチと一緒に過ごすようになった。



 

ゆういちの中で何かが少しづつ変わっていた。

気がつくとミツバチのように、自然とからだを動かして、何も考えず両親を手伝っていた。

何年ぶりかに汗をたくさんかいた。長いこと忘れていた生きている感じがした。夜、ぐっすり寝た。

 

平日は無気力にパソコンに向かい、週末は汗を流す日々が一年続いた。

ゆういちは、その日。

気づいた。

自然に身を置いて、汗をかいて、命あるものを育む。これがおれの仕事なんだ。

そして、両親に告げた。

 

「おれ、はちやるわ」

 

父は、たったひとこと、

 

「そうか」

 

と、つぶやいた。

 

    

 

最初は見よう見まね。教えられたことを、教えられた通りにやることで精一杯。何のためにやるのか、なぜそれが必要なのか、考える暇もなかった。教えられた通りにできないことの方が多かったからだ。失敗しても、父は怒らなかった。母は、何度もやり方を見せてくれた。

 


女王バチを育てるために、卵より小さいハチの幼虫を、先端一ミリの針ですくって、うんと小さい六角形のやわらかいカップに移す。手が震えて、幼虫がすくえない。傷つけて死なせてしまったことは数え切れない。針で六角形をぐちゃぐちゃにしてしまったことも。

一年が過ぎて、なんとかできるようになった時、母は、

 

「うまくなったね!」

 

と、手放しで喜んでくれた。

 

「ミツバチは、大切に扱わないと気性が荒くなるんですよ。たとえば、巣箱を開閉する時、ハチをつぶすことに抵抗のないひとに飼われているミツバチは、攻撃的で、すぐにひとを刺します」

 

ミツバチは自分に危害が加えられる時、特有の匂いを出す。人イコール危害を加えると認識されるから、作業中に刺されるのだという。

 

「僕は、ハチに刺されたことないんですよ。ウチのハチ達はみんなやさしいです」

 

 

十年が過ぎた。

ある日、父は言った。

 

「ゆういち、おまえが会社をやれ」

 

ゆういちは迷った。自分に経営なんてできるだろうか。

 

おれは、ミツバチに「ひたすらに働く」ことを教わった。

そして、両親からは、

「子どものようにかわいいミツバチなんだから、愛情を注いで大切に育てるのはあたりまえ。ミツバチがストレスを感じることないように、自然の状態で、養い育むことが自分達の仕事である」

と。



 

そうだ、家族と同じように育てたミツバチが、自分達の力で作った本物のハチミツを世に送り出す。

それを、ひたすら続ければいい。

それがおれの養蜂だ。

 

ゆういちは会社を継ぐことを決めた。

 

 

     五

 

「ミツバチの力で作る」とは、いったいどういうことなのだろう。

名水百選に選ばれた尚仁沢の近くにゆういちの養蜂場はある。山に自生している木々の花の蜜を採集してきたミツバチは、巣箱に戻ってくると、口移しでその蜜を巣で待機している別のミツバチに渡す。

六角形のひとつひとつの部屋に蜜を貯蔵していき、いっぱいになるとミツバチ達は、一晩中、羽で風を起こし、水分を飛ばす。時には、三日三晩羽ばたき続け水分を飛ばす。人間は手を加えず、ミツバチの力だけで熟成する。熟成したら、

ミツバチは蜜で蓋をし、余分な水分が入らないようにする。これで完成。



これが、本物のはちみつ。

 

国産のほとんどのハチミツは、短時間で水分を飛ばすために高温で加熱される。その方が効率も上がるし、量も採れるから。でも、ハチミツ本来の酵素が死んでしまうだけでなく、風味も濃度も非加熱のハチミツにかなうはずがない。それは、本物のハチミツではない。

この人工的な加熱をしない非加熱のハチミツは、国産のハチミツの1%にも満たないとも言われている。

紛れもなく稀少な、純ハチミツ。

それは、信頼してミツバチにまかせられる、ゆういちだからできること。

 

 

「私達の仕事は、ミツバチを大切に育てること。ミツバチが働きやすいように、環境を整えて見守ってあげること。ハチミツは副産物です。だから、ありがたく頂いて、みなさんに、本物のハチミツを提供できれば、それでいいんです」

 

春には、エゴの木、桜、藤、アカシア、夏はたくさんの花々という意味の百花、秋には柿、栗。すべて、巣箱から半径2㎞圏内の山に、自生した花達。

 

「毎年気候によって、花の状態も違うのだから、ハチミツの色や風味が違うのは、あたりまえ。それが自然の証なんですよ」



どこまでも、自然のまま。

ただ懸命に。

ゆういちは、今日もミツバチと一緒に働く。 




 

 


 

 
 
 

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